コンテンツへスキップ

金屋子神より古い話になるようですが、出雲国風土記に一つ目の鬼が出てきて農民を食い殺したという話があるそうです。農家の夫婦の息子を両親の見ているところで食い殺したというような話らしいですが、そもそも一つ目というのは鍛冶屋の象徴らしいです。たたらのような仕事をしていると必ず目がやられるからです。
したがってこの話は鉄を扱う技術者集団と農業集団との争いを暗示したものだという説もあるようだ。
そうだとすると、風土記が作られたのは8世紀のことですから、そのころにはこの地には製鉄集団がいたことになるが、本当でしょうかね。古事記のヤマタノオロチの話も製鉄の象徴だとする説もあるとか。
古墳から出る鉄剣はほとんど輸入品であるような気がしているので、ど素人ですが、この時代の当地の技術ははまだ未熟なものではなかったとおもうのですがいかがでしょうか。
話は飛んで、製鉄の先進地であるはずの中国や朝鮮ではたたらのような遺跡がほとんど見つかっていないらしい。スタートは遅いが、文化の吹き溜まり日本で独自に発展進化したものなのだろうか。
細々とでも続いているところがすごい。

たたら実習参加者の中に遠く北海道函館から参加されたS氏がおられた。
なんでもこの事業始まって以来10数年、参加者が津軽海峡を越えてあったのは今回が初めてとか。人生主に全国を車で道の駅に泊まりながら旅をしておられるそうで、九州なんかもう10回ぐらい周られたとか。北海道産昆布やら自作の鹿角アクセサリーなどいただいた。だんだん。
最近では四国八十八箇所をペットのポニー(馬)と周られたそうである。最初は一緒に歩いたのだけれど舗装した道が多くて歩きにくいので途中から軽トラに乗せて周ったのだとか。
写真を見せてもらったので間違いない。ちなみにポニーの名前はサラ(ブレッド)というのだそうです。
ついでに道の駅宿泊仲間では飯を炊いて食うようにならないと一人前ではないそうです。S氏自分はまだアマチュアだといっておられたが。
すごい人たちがいるもんです。

酒作りなどと同様、たたらも神事であるようだ。実習の作業場には常に神棚があり丁重に供え物がしてある。火入れ式はまさしく神事で、神官こそいなかったが、玉串を供え、二礼二拍手一礼で良い鉧が出ますようにお祈りする。
たたらの神様はなんと女神である。しかしあまり美しい神さんではなかったようだ。髪はばさばさで稲藁で束ねてあったとか。なんでも播磨の国のほうから白鷺にのってやってきて桂の木に止まっておられるところを、安部の某という猟師の犬が木が光るのを見つけて吠えるので、発見されたのだとか。そのまま村下(たたらの技師長)となって製鉄技術を伝承されたのだとか。
本来のたたらは5日サイクルで月6操業、年60操業されたものらしい。12計算が合わないのは梅雨時の2月は湿気を嫌い操業しなかったからである。
5日のうち3日間は不眠の作業になるらしいが、その間村下の妻は髪をばさばさにし、化粧はしなかったらしい。金屋子の女神の嫉妬を恐れたからである。
面白いことには金屋子の神が祭ってあるのはたたら場の下のほうである。それほど崇め奉られていたわけでもないのだろうか。
たたらを司るのが女神というのは、たたらの釜の形を思えば容易に連想される。釜は子宮なのかも。そして火入れ後最初に出るノロを初花といって餅のようなものを焼いて祝う。
die Kama なんちって。
金屋子神は死を好むといったような何とも怪しげなことも言われるようだ。たたら場の柱に死体をぶら下げておくと鉄の出来がよくなったというような。木火土金水の五行思想からきているようだ。隣り合わせの二つは相性よく、一つ飛ぶと相克しあうというやつかな。
死は土で鉄は金で土生金、というわけか。
あやしいなあ。じつにあやしい。

10月31日から11月4日まで5日間にわたり、雲南市吉田町和鋼生産研究開発施設で近代たたらの実習に参加しました。粘土と真砂を配合して炉をつくり、材料の砂鉄をふるいにかけ、炭を切り、まきをまさかりでわり、火入れをし、炭と砂鉄を交互に投入し、最後は1日徹夜の作業で、けら出しまで、実に充実したときを過ごすことができました。
スタッフ以外の実習生として参加したのは大手鉄鋼会社の新人社員3名、やはり鉄鋼会社のベテラン社員4名、リピーター2名、それに私のような物好き組と思しき人4名でした。
普段一人でごそごそしていることが多い身としては、実習生、スタッフ一緒になって、泥をこねたり、炭を切ったりする作業が新鮮で、作業のあいまの話が楽しく、気分が高揚するのを覚えました。ワーキングハイなどという言葉があるのかな。一昔前は土木作業でも農作業でもこうして人が集まって、歌でも歌いながら作業することが当たり前だったのだろう。現代人はある意味こうした高揚感の味わえる機会を失ってしまったのかも。
たたらが行われていた当時はこの職場は相撲の土俵と等しく女人禁制だったらしいが、今回は女性も男性と等しくかそれ以上に立ち働いておられたように思う。すごい、ふしぎ?
たたらの前に(近代)とついているゆえんは一つには釜の形にあるようだ。本来のたたらは全体を粘土と真砂を練ったもので作るらしいのだが、近代たたらは2分割された跳び箱形の鉄製枠があり、その内側と上に粘土と真砂で内貼りをして釜を作り上げる。したがって最後の工程では天井クレーンで各釜吊りあげることにより、釜を破壊することなくけら出しができるというわけである。
ちなみに(けら)とは金偏に母と書くらしい。鋼の材料、鉧だ